あなたの神、主を愛しなさい

一人でも多くの方に福音をとどける思いで、ブログを書かせていただいております。

なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。わたしの言ったことは、彼らが知っているのだから(ヨハネ18:19~23)

(今回は、律法にある裁判の規定にしたがうように指摘するキリスト、についてふれたいと思います)

 

ヨハネによる福音書・18章の19~23節より

『大祭司は(=元大祭司のアンナスは)イエスに、弟子たちのことやイエスの教(=神に関するおしえ)のことを尋ねた(=裁判として尋問(じんもん)した)。イエスは答えられた、「わたしはこの世に対して公然と語ってきた。すべてのユダヤ人が集まる会堂(=ユダヤ教の礼拝をする場所(シナゴーグ))や宮(=エルサレム神殿)で、いつも教えていた。何事も隠れて語ったことはない。なぜ、わたしに尋ねるのか。わたしが彼らに語ったことは、それを聞いた人々に尋ねるがよい(=こうして裁判をするのであれば、律法にしたがって、二人以上の証言者をそちらで準備するべきである(申命記19:15~19))。わたしの言ったことは、彼らが(=ありのままを)知っているのだから」。イエスがこう言われると、そこに立っていた下役(したやく)のひとりが、「大祭司にむかって、そのような答(こたえ)をするのか」と言って、平手でイエスを打った。イエスは答えられた、「もしわたしが何か悪いことを言ったのなら(=律法の裁判のルールに反することを言ったのなら)、その悪い理由を言いなさい(=その悪い点を指摘しなさい)。しかし、正しいことを言ったのなら(=律法にしたがって、裁判をする側が証拠をそろえるべきだと、ただしいことを言ったのなら)、なぜわたしを打つのか」』

 

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ユダヤ人指導者たちによる、キリストを罪に仕立てるための裁判がはじまりました。キリストは一つも罪をおかしていないので、彼らが証言者を用意できないのもご存じなわけですが、そもそもこれからすすめられていく裁判は、キリストを有罪にして、殺してしまうという結論ありきでおこなわれていくことになるのです。どうか一人でも多くの方が、キリストを信じて救われますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)