(今回は、イエスがキリスト(メシア)であるのを証(あか)ししているのは神である、ということについてふれたいと思います)
『もし、わたしが自分自身について(=自分自身の名誉や利益のために)あかし(=証言)をするならば、わたしのあかしはほんとうではない。わたしについてあかしをするかたはほかにあり(=父なる神がおり)、そして、その人がするあかし(=神がイエスにお与えになり、それを数々のみ業として(みわざ=病のいやしなどを)実現させることで、イエスがキリストであるとする神からのあかし)がほんとうであることを、わたしは知っている(=実際にみわざをおこなっているキリストご自身がいちばんご存じです)。あなたがたは(=ユダヤ人指導者たちは)ヨハネのもとへ人をつかわしたが(=彼がほんとうに神からの使者なのか、たしかめさせたが)、そのとき彼は真理(=イエスが世の罪をとりのぞく神のこひつじだという真理。すなわちキリストであること)についてあかしをした。わたしは人からあかしを受けないが(=キリストはヨハネからの証言をうけはしましたが、キリストにはほかならぬ神からのあかしがあるので、実際のところヨハネをふくめた人間からの証言を必要としていません)、このことを言うのは(=キリストがご自分の口から、神からのあかしがあることを、あえて言っているのは)、あなたがたが救われるためである(=あなたがたが再度、キリストがなさっているみわざ(=病のいやしなど)に目をむけ、それ自体が神からのあかしであるのをみとめて、イエスがキリストなのだと、こころをいれかえるためである)』
――――――――――――――――――――
(神は、イエスがキリストであることを、イエスにお与えになった数々のみわざによってあかしされました。これらを見ても信じない者たちに対して、キリストは再度、救いの機会をあたえるために、ことばでもお語りになりました。どうか一人でも多くの方が、固いこころをくだいて、キリストを信じることとなりますように。イエス・キリストのお名前をとおしてお祈りいたします)