(今回は、病をいやされた人に対するユダヤ人指導者の態度、についてふれたいと思います)
『その日は安息日(=労働をしてはならない日)であった。そこでユダヤ人たちは、そのいやされた人に言った、「きょうは安息日だ。床(とこ=病のために廊下にしいていたもの)を取りあげるのは(=持ちはこぶのは)、よろしくない(=ユダヤ人指導者は、こんなことまで労働とみなし、やめさせようとしています)」。彼は答えた、「わたしをなおして下さったかたが(=キリストのことです)、床を取りあげて歩けと、わたしに言われました」。彼らは尋ねた、「取りあげて歩けと言った人は、だれか」。しかし、このいやされた人は、それがだれであるか知らなかった。群衆がその場にいたので、イエスはそっと出て行かれたからである(=キリストはこの人をいやすと、会話などもせずすぐに立ち去っていました)』
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(ユダヤ人指導者たちは、神の律法を歪曲(わいきょく)して、自分たちの考えを民衆におしつけていました。その結果が、地面にしいていた床も持ちはこびしてはならない、といった具合だったのです。このため彼らは、病がいやされるという神のめぐみを目撃しても、すこしもよろこびをしめしません。このつづきは次回みることにします。どうか一人でも多くの方が、聖書に興味をもって、手にすることとなりますように。イエス・キリストのお名前をとおしてお祈りいたします)